The Lean Launchpad, an education program for a new business development, and the introduction of the approach to run it in Japan
著作者:堤孝志/Takashi Tsutsumi
近年においては,新規事業を創るための開発手法の形式知化や体系化が急速に進んできている。手法の進化に伴い、起業家教育の内容も進化し始めている。新しい起業家教育プログラムの代表格がThe Lean Launchpadである。The Lean Launchpadはビジネスモデルを設計し検証するための新手法を体系的に学習しながら、実践を繰り返すことを受講者に求めることで教育効果を高めている。The Lean Launchpadは,その教育効果の高さに加えて,量産性,展開容易性ならびに事業化自体の有効性に優れることから,誕生の地である米国を皮切りに世界中へと広まりをみせている。研究成果の事業化に特化した派生プログラムであるNSF I-Corpは技術の事業化の量産マシーンとして機能している。日本では筆者がThe Lean Launchpadを日本の環境に適合化させて実施し効果をあげている。企業内新規事業創出にも適用し実績が出てきている。
The methodology for new business development has been developed last decade by turning implicit knowledge into explicit knowledge and by systemizing the knowledge. Leveraging the knowledge, the approach to teach entrepreneurship is also advanced. One of such new approaches is The Lean Launchpad. Students in the Lean Launchpad are taught the latest methodology for new business development and then forced to apply the methodology in real business idea, leading to excellent educational output. It has aspects of volume production, boarder applicability, and incubating new business, resulting in broader acceptance in the world. The derivative program focusing on technology commercialization, NSF I-Corps., works as mass production machine of turning technologies into businesses. In Japan, optimizing into local environment, the authors have been running the Lean Launchpad with high impact for entrepreneurship education. The program has been also applied to enterprises that need new business, resulting in creation of variety of new business.
- はじめに
世の中に新たな価値をもたらす新企業や新事業は,人々の生活を豊かにし経済をも発展させる牽引役として社会において重要な役割を果たしている。しかし,新たな企業や事業を創るという新規事業開発は容易ではなく,多くの場合は失敗に終わる。また,新規事業開発はその計画くらいは立てるものの,実際の進め方は属人的で運と勘に頼るところが大きく,同じような失敗が繰り返されてきた歴史がある。ところが,2000年に米国インターネットバブルの崩壊以降,ベンチャーキャピタルなどのリスクキャピタルが大幅に縮小したことなどが契機になり,失敗リスクを効果的に減らしながら効率的に新規事業を開発する必要に迫られることとなった。その結果,近年においては,ビジネスモデルキャンバス、顧客開発モデルやリーンスタートアップなど,新規事業開発の手法の形式知化や体系化が急速に進んできた。そのような流れの中で,新たな新規事業開発の手法を習得し,事業化スキルを効果的に向上させるための起業家教育プログラムも進化してきている。その代表格がSteve Blankが発明したThe Lean Launchpadである。The Lean Launchpadは,その教育効果の高さに加えて,量産性,展開容易性ならびに事業化自体の有効性に優れることから,誕生の地である米国を皮切りに世界中へと広まりをみせている。本稿ではThe Lean Launchpadと,研究成果の事業化への活用のために最適化を図り大きな成果を出しているNSF I-Corpと呼ばれる派生プログラムの概要を紹介するとともに,筆者がそれを日本へ適合化させて実施しているリーンローンチパッドプログラムについて、その内容とその時の工夫や効果を紹介する。
2. The Lean Launchpadの概要
The Lean Launchpad(以下、「The LLP」)はビジネスモデルキャンバスや顧客開発モデルなどの新規事業開発手法を活用して商品アイデアの事業化や,大学および研究機関の研究成果である技術の事業化の仕方を実践的に学ぶ起業家教育プログラムである。2010年にカリフォルニア大学バークレー校の教員であるSteve Blankが発案し,同学およびスタンフォード大学エンジニアリングスクールで初めて実施された[1]。現在では,コロンビア大学やプリンストン大学など全米の様々な大学で実施されている。米国外でも,我が国を含め,イギリスやシンガポールなど世界各国で行われている。
The LLPは,ビジネスプランの作成手法を学ぶ従前型の起業家教育プログラムと異なり,ビジネスプランの失敗リスクを軽減させてその蓋然性を高める事業化手法を実践しながら学ぶ点が大きな特長である。The LLPの考え方では、先人が完成させたビジネスモデルを拡大再生産する「実行」中心の既存事業の経営と異なり,ベンチャー等の新規事業は,想定するビジネスモデルは発案時点では仮説に過ぎず,実行する前に試行錯誤を繰り返して検証をしながら拡大再生産できるビジネスモデルを「探索」する暫定的な状態に過ぎないとして,探索のための手法を学び,実際にやってみることでゼロからの新規事業開発を肌で感じ身に染み込ませることに重きをおいている。
ビジネスモデルの探索のために活用をする事業化手法は主にビジネスモデルキャンバス,顧客開発モデル,アジャイル開発の3つである。ビジネスモデルキャンバスはAlex OsterwalderとYve Pineurらが発明したビジネスモデルの設計のためのフレームワークである。ビジネスを構成する9つの基本要素を検討し,有機的に結びつけていくことで,顧客に価値を提供し収益を継続的にあげる仕組みである「ビジネスモデル」を網羅的かつ視覚的に設計できるのが特長である[2]。
図1:ビジネスモデルキャンバス
顧客開発モデルはSteve Blankが発明した,ビジネスモデルを仮説検証するプロセスとそのための思考法からなる方法論である。
図2:顧客開発モデルの概念図
顧客発見,顧客実証,顧客開拓,組織構築という4つのステップから成るプロセスで,ビジネスモデルが不確実な状態では時間と資金をかけずに効率的に試行錯誤を行いながら,徐々に実験規模を大きくしてビジネスモデルを確立していくアプローチである。アーリーアダプターと呼ばれる商品への強いニーズがあるために最初の顧客になる相手を,顧客インタビューを通じて特定することや,ミニマムバイアブルプロダクト(MVP)と呼ぶ顧客に価値を提供できる必要最小限の製品を矢継ぎ早に出し、フィードバックを得ながら価値を検証する思考法や技法を提示する[3]。
アジャイル開発とは、ソフトウェアの開発手法の1つである。ソフトウェアは,従来はウォーターフォール型と呼ばれる,開発するソフトウェアの仕様を最初に全て定義をし,その後は仕様に従ってひたすらプログラムをコーディングしていくというやり方で開発されてきた。ウォーターフォール開発では開発の最中は効率が良いが開発が完了した後になって初めてその成果物はユーザーが求めているものと異なることが発覚する結果, 大きな無駄が生じてしまうことが少なくないという課題があった。これに対しアジャイル開発とは、短いサイクルで小出しにコーディングを進めながら直ぐにユーザーに利用させて,そのフィードバックを取り込みながら開発することでユーザーの期待と成果物のずれをなくし、無駄な開発を回避するアプローチである。The LLPではソフトウェアに関わらず,このような小規模・反復式の開発という考え方を取り入れている[4]。
The LLPではこれらの手法を学ぶに際して,具体的な事業アイデアを題材として手法を実践演習する。授業と授業の間では,受講者が想定顧客へのヒアリングやMVPを作る実践を通じて,商品価値の検証や顧客の特徴などビジネスモデル上の仮説を検証することが宿題となる。プログラム期間を通じて100件以上のヒアリングを重ねながらビジネスモデルの9つの要素を全て検証することを目標とする。
図3:The LLPカリキュラム概念図
検証した結果は毎回の授業で発表し,講師やメンターからのフィードバックに加えて,受講者同士が相互の検証内容をケーススタディに見立て分析し意見を交換する[5]。
The LLPではチーム応募を基本として受講者は8チーム程度で実施され、応募が多い場合には選抜が行われる。応募に際しては題材とする事業アイデアのビジネスモデルを仮説として表現したビジネスモデルキャンバスを提出する。
教える側は, 講師1〜2名,ティーチングアシスタント1名とメンターで構成される。理想的にはメンターはチームごとに1名割り当てる。反転授業方式を取り入れており,手法に関する講義は授業の前に視聴してくることが義務付けられている。授業では実践の結果の発表とディスカッションが中心となる。また実践演習時のメンタリングのために仮説検証結果を踏まえて修正されたビジネスモデル仮説,仮説検証の状況, 検証の裏付けとなる顧客ヒアリングのサマリーを共有できる専用のグループウェアを活用している。
講座は3ヶ月間で10回の授業で構成される。また,1週間で短期集中で取り組む5日版のカリキュラムもある[6]。
このようなカリキュラムを通じて,受講者は起業してビジネスを立ち上げていくスキルを身につけることができる。また,想定顧客の需要を、対面インタビューを通じて検証するなど、実際に事業を立ち上げる時にやるべきことを前倒しで行う結果,プログラムの期間中にビジネスプランの蓋然性が十分に高まり実行可能な状態になることも珍しくない。スタンフォード大学のThe LLPの第1回の受講者がプログラムで題材とした自動雑草除去ロボット事業はこうしたプログラムを経て事業化に至った実例である。The LLPの中で,無農薬野菜農家で需要を確認するとともに,その需要を満たすためのロボットのプロトタイプも作成し,ビジネスモデルが機能する見通しがついたことから,チームメンバー5人は卒業後にベンチャー企業Blue River Technologies社を設立して起業した。検証済のビジネスモデルをもとにベンチャーキャピタルから13百万ドルを調達して事業の立ち上げにも成功した[7]。最終的には2017年9月, 米国農機大手のJohn Deer社に企業価値$305百万ドルで売却した[8]
3. NSF I-Corpの概要
The LLPが広まる中で,際立った特色がある取り組みとしてNational Science Foundation(NSF)のInnovation Corp(I-Corps)がある。I-CorpsはNSFが補助した研究の成果の事業化を推進するプログラムである。四半期ごとに25件の研究成果を選抜して$50,000の活動補助金を支給し, The LLPの手法を活用して事業化の可能性を6ヶ月間模索する。事業化の活動は研究主幹(Principal Investigator, PI),ポスドク等の研究室所属の若手研究者(Entrepreneurial Lead, EL)ならびにビジネス経験者(Mentor)の3名から成るチームで行われる[9]。研究を主とするPIが活動することは難しいため、実質的な事業化の担い手として研究内容も理解していながら活動の時間も割けるELを想定しているのが制度上の工夫となっている。ELは事業化の際には経営者になることが想定されており,I-Corpsで採択されシンシナティ大学の研究成果をもとに起業したPredictronics社など、その工夫が奏功した例も少なくない。
かくの如くThe LLPはI-Corpsの活動のフレームワークとなっている。ELは元々若手の研究者であり事業化に関する知識も経験も少ないので、事業化の手法を体系的に教えることで事業化活動を効率的に進められるようにしている。
I-Corpsは2011年に開始され,これまでに217大学から905チームが受講し,361社が起業にこぎつけており,正に「研究成果の事業化の量産マシーン」と化している[10]。The LLPをバックボーンとしたプログラムとすることでロボット,材料,ソフトウェアなど分野が異なる研究であっても汎用的に適用可能な手法を実践させるため,事業をバッチ式に量産できる仕組みにしていることが奏功していると考えられる。NSF以外の研究領域への展開もありNIH,DoDなどの政府機関にも広がっている。
I-Corps発のベンチャーの一例として,前掲のPredictronics社を詳しく紹介する。同社はCincinnati大学のJay Lee教授が開発した,製品・生産設備の故障の可能性や残寿命期間を高精度に予測する故障予知技術を事業化した企業である。I-CorpsにはPIとしてJay Lee教授,ELとして研究室のポスドクであったDavid Siegelが参加した。I-Corpsでは当初技術の適用範囲が漠然と捉えられどんな用途で誰がおカネを払ってくれるのかが曖昧だったが,70社を相手に100名を超える潜在顧客とのインタビューを重ねた結果,提供できる価値の大きさとカスタマイズ不要という条件で適用用途の優先付けなされ事業戦略が明確になり,事業化が可能という結論に至った。起業後は,日本の電通国際情報サービス社からの資金調達に成功し,コマツ,新日鐵住金などの顧客を獲得するに至っている[11]。
4. 日本における実施内容,工夫,効果
1) 実施内容
我が国ではSteve Blankの支援を受けながら、筆者が2011年よりThe LLPを元に日本に適合化したリーンローンチパッドプログラム(以下、LLPJ)を実施している。大学,研究所,自治体のインキュベーション施設やプログラムなどと共同で実施しており,これまで後述のフル版だけでも実施回数は40回以上を数える(2018年3月現在)。主に①学生や研究者への教育,②研究成果の事業化,③インキュベーションを目的として実施されることが多い。
表1:目的別の実施状況
目的 | 起業家教育 | 技術の事業化 | インキュベーター |
実施機関 | 大学,高校,自治体 | 大学,研究機関 | 企業,自治体 |
実施形態 | 単位科目任意参加講座 | 任意参加講座組織内研究費受給時の必須講座 | 社内新規事業創出制度の基本テンプレート又は研修事業化補助金等の基本テンプレート任意参加講座 |
実施時の事業化題材 | 個人/チームの事業アイデア研究成果の技術その場で発案するアイデア(後述) | 研究成果の技術 | 選抜された事業アイデア |
カリキュラムはフル版,ライト版,一日版の三種類で行っている。各版の典型的なカリキュラムは表2の通り。
表2:日本でのLLPJの種類
種類 | フル版 | ライト版 | 一日版 |
目的 | 実践的起業家教育ベンチャーのインキュベーション | 事業化手法の軽い体験 | 事業化手法の味見 |
期間 | 3ヶ月程度 | 1〜2ヶ月 | 1日 |
構成 | 授業6回,実践演習5サイクル | 授業2〜3回,実践演習1〜2サイクル | 授業1回,実践演習無し |
内容 | ビジネスモデル設計ビジネスモデルの仮説検証プロトタイピング収益性確認ビジネスプランへの落とし込み及びピッチ訓練 | ビジネスモデル設計ビジネスモデルの仮説検証 | 価値設計と仮説検証 |
規模 | 20名程度(6プロジェクト) | 30〜50名程度 | 100〜200名程度 |
参加者 | 起業志望者事業化希望の技術を持つ研究者新規事業開発力をつけたい学生及び社会人 | 新規事業開発力をつけたい学生及び社会人起業予備軍事業化希望の技術を持つ研究者 | 新規事業開発力をつけたい学生及び社会人起業予備軍 |
受講負荷 | 大 | 中 | 小 |
期待効果 | 手法習得起業・事業化資金調達 | 手法習得フル版への参加 | 手法への興味喚起 |
2)日本独自の進化
日米の環境や参加者の特性の違いを踏まえ、次の点をカスタマイズしている。
(1)インタビュー演習の組み込み
我が国では見知らぬ相手に連絡してインタビューすることに対する精神的抵抗が大きい受講者が多いため,インタビューの仕方を教えるとともに、授業中に模擬インタビューの演習を行なっている。模擬演習をすることでインタビューに慣れ,仮説検証時のインタビューも進みやすくなる効果が期待できる。
(2)価値が生ずる顧客状態のモデル化(ニーズのメカニズム)
ビジネスモデルの検証ではバリュープロポジション(提供する価値,VP)の検証が最重要だが,提供しようとする製品やサービス(以下,商品)に価値があるか否かの見極めは難しい。そこでClayton Christensen教授が提唱する「ジョブ」[12]の考え方などを活用し,商品に対して価値を必然的に認める状況(ニーズのメカニズム)をモデル化し,それを基準に価値の有無を図る工夫を凝らしている。例えば,商品がドリルならば,穴を開けたい(ジョブ)が、力が弱くて錐では開けられず(課題),放っておけない切実さがあるために力のある人に頼む(現状対策)ものの,すぐにはやってもらえない(現状対策への不満)といった状況があると,「自力で直ぐに穴を開けられるドリル」に対して切実なニーズが期待できるというように客観的な判断ができる。
(3)ビジネスモデル仮説の主要三要素を集中的に検討するフレームワーク「価値顧客シート」
ビジネスモデルキャンバスはビジネスに関わる要素を網羅的に捉えるため9つの要素を検討するが、その中でも当初特に重要な「何を(Value Proposition)」「誰に(Customer Segment)」売って「どう儲けるのか(Revenue Stream)」という三要素を詳細に検討しその要素間の整合性を確認するツールとして「価値顧客シート」というフレームワークを用意している。これによって「販売チャネル」等の「ビジネスをどう進めるか」という要素について検討する前にそもそも「何をビジネスとするのか」を徹底的に考えることができる。
(4)シンプル収益モデル
ビジネスモデルキャンバスは商品を通じて価値を提供し収益を上げる仕組みを設計する道具として優れているが,定性的な内容に留まりがちで,先行投資額や損益分岐点など分からない。そこで定量的にもビジネスモデルが機能することを確かめるためにシンプル収益モデルを独自開発して活用している。シンプル収益モデルは販売単価,販売数量,原価率,人件費とオーバーヘッド比率,設備投資,広告宣伝費の6つ要素だけで手早く収支が試算できる収益モデルである。正確性には欠けるが,財務分析の経験が浅い受講者であっても試行錯誤の繰り返しが不可避なビジネスモデルを構築する際に重要な損益分岐点の把握や事業の収益率,事業立ち上げに必要な資金の金額を手早く試算するのに役立つ。収益性を随時把握することで定性的には成り立つが、定量的に赤字となる(=資金不足で失敗する)ビジネスを回避できる。
(4)用途の発散的発想
研究成果として生まれた技術の事業化を題材とする場合,用途が想定できないとビジネスモデルの初期仮説自体を立てにくい。そのような場合は,初回に早稲田大学の黒須氏が考案した「できる展開法」[13]などの用途発想手法を活用して技術の用途を検討してからビジネスモデルの構築へと進めることで一定の対策が可能である。この際に最初は可能な限り発散的・網羅的に用途を発想し,その後に市場規模や技術優位性などの観点で優先付けや絞り込みを行うことで魅力的な用途を見つけ、効率よく事業化を探索できる。
3). 効果
LLPJを数多く実施してきた経験から,起業家教育への次のような効果を確認している。
(1)学習加速:毎回6つ程度の事業アイデアを題材に進めるが,毎回の授業で全グループが同一手法によりビジネスモデルの仮説検証を実践した結果を発表して相互に批判的な議論をすることで,手法の習得が加速する。これは,手法を自己のアイデアで実践するのと比較して,LLPJでは他の複数のチームの豊富な事例からも学べるというケーススタディの効果によるものである。
(2)健全な競争意識:毎回宿題としてビジネスモデルの仮説検証を行い発表し合うことが,良い相互刺激となり,健全な競争意識(Peer Pressure)が芽生え,学習と実践が進みやすい。他用にかまけて顧客インタビューが進まなかったチームがいても,進んでいるチームがいれば言い訳ができず,恥ずかしい。また,他のチームが効率的な検証のために工夫を凝らしていれば,他のチームもそれ模倣することができる。
(3)起業家精神の醸成:高度にマニュアル化された手法を習い事業化を疑似体験することで,ビジネスの経験がない者でもやってみると思いの外難しいことはなく自分でも出来るし、やってみたいという気持ちになりやすい。
(4)起業促進:LLPJで試行錯誤を繰り返しながらビジネスモデルの仮説検証を進めた結果,ビジネスとして実際に成立する目処がつくことも少なくない。事業化の目処がつくと実現したい思いに駆られるものであり,LLPJ終了後に起業する例も続出している。名古屋大学のように1タームの受講6チーム中実に4チームが実際に法人設立して起業した例もある。
(5)コミュニティ化:従来は新しい事業の開発や進捗についての言語表現は人それぞれで情報共有や意思疎通がやりにくかったが,LLPJで同一の手法を学んで実践する結果,新規事業立ち上げの共通言語を得ることとなりLLPJの終了後にもお互いの事業構想や進捗についてコミュニケーションが容易になり,コミュニティを形成しやすい効果がある。各回の終了者同士懇親を続けるケースも多く,また開催場所を超えたOB会には毎回多数の修了者が参加する。
(6)研究活動への示唆:研究成果の技術の事業化を題材にした場合は,技術が想定通りの価値を生むことを再確認する他,想定外の用途で価値が認められることが分かったり,想定用途で想定外の技術要求が発覚することが少なくない。そのような想定外の発見があることで研究者にとって次の研究テーマが見つかる効果があり,研究の展開に役立つ。
(7)補助金獲得:研究成果の技術の事業化を題材にした場合のもう一つの効果として研究補助金を獲得しやすくなる点があげられる。LLPJで顧客インタビューなどを通じてビジネスモデルを仮説検証することで獲得される事業化の蓋然性のエビデンスが,補助金申請書の説得力を増す効果があるからである。特に事業化のための補助金で効果が顕著で,大学発新産業創出拠点プロジェクトでは補助金を複数の受講者チームが獲得しており,ある年度ではLLPJで事業可能可能性を探索した技術が,採択9件中の2件を占めた。
4.派生プログラム
(1)デザイン思考との融合
起業家教育を目的として大学や高校で学生相手に実施する場合,受講者の本業は学業であり,またビジネス経験がないために,LLPJで手法実践のための事業アイデアを持ち込むことができないケースも少なくない。このためLLPJに事業アイデアを発想するためのカリキュラムを追加することも増えてきている。
アイデア発想の手法は多数存在するが,デザイン思考は,LLPJで教えるリーンスタートアップや顧客開発モデルと相性が良いためよく用いている。どちらの手法も,人間中心かつ一次情報を重視していることや,商品アイデアを手早く形にして検証を繰り返して品質を高めていくことが共通している。リーンスタートアップと顧客開発モデルは「先に商品アイデアがありき」でそれを欲しがる顧客を探索していく「プロダクトアウト」の手法という側面があるが,デザイン思考は「先に顧客ありき」で,その顧客の課題を解決する商品アイデアを探索していく「マーケットイン」の手法と整理することができる。両方の手法を習得することは有用で, 最初はプロダクトアウトで価値やビジネスモデルの仮説検証を進めた結果,その商品を欲しがる顧客は見つかなかったものの,別に切実な顧客の課題が発見できた場合,デザイン思考を活用して商品アイデアを発案し軌道修正をすることができる。逆に,デザイン思考で商品アイデアを発案できさえすれば,そこからはプロダクトアウトに転じ、リーンスタートアップや顧客開発モデルで事業化を推進できるというように相互補完的な関係がある。
(2)Science For Society
事業化を目指さずとも,研究する技術や理論が社会にもたらす価値を知っておくことは研究活動に役に立つものである。そのような発想から生まれたのが科学技術振興機構で実施されているScience For Society(SciFos)である。
SciFosは,「さきがけ」や「CREST」の研究者を対象として「研究者自身が研究を社会実装する際の社会的価値に関する仮説を立て,研究(室)の外に出て企業等にインタビューを行うことで検証・再整理し,自分の研究を社会からの期待の中で位置付けなおす作業を行い,今後の研究のステップアップにつなげることを目的」とした活動のことである[13]。構成は前述のライト版のLLPJ相当になっている。
研究者自らが研究室を出て現場で想定する受益者と対話をすることで自らの研究に対する社会の期待をダイレクトに感じ,理解することができる。活動の結果,上でも述べたような想定外用途の発見や想定外の技術要求の発見につながることも少なくない。例えば,光照射で固体⇔液体と可逆的に相が変化する材料を開発する研究者は,熱や溶媒で溶かす接着剤を光照射で行う用途を考え,接着剤メーカー等にインタビューをしたが,はがしたら捨てるため,可逆性は余り必要ない事がわかった。それよりも高温接着性が最大の売りになることも同時に分かり,合成ステップの長さが問題となることが示唆された。 [14]
5. 企業への適用
LLPJは当初は起業家教育を目的として実施されることが多かったが,近年では既存事業の陳腐化と市場の飽和が進む我が国の大企業では次世代の中核事業の開発が不可欠となっており,企業内の新規事業創出のテンプレートとして実施されることも増えている。
企業の社員であれば学生や研究者と異なり,平素からビジネスに従事しているため事業化手法は不要に思われがちだがそうではない。多くの社員は,既に完成した事業の機械的な拡大再生産の業務に従事しており,分業体制の一部分を担うに留まっているため,全くの新しい事業をゼロから創るスキルや経験が不足していることが少なくない。このため事業化手法を学びながら新規事業開発を進めることのできるLLPJが役に立つ。
企業における新規事業開発は図4に示すようなプロセスのモデルで簡易に表現できる。
図4:企業内新規事業開発モデル
このような新規事業開発のプロセスの中ではLLPJを洗練工程の効率化を目的に活用することが多い。社内公募を経て選別された有望な事業アイデアを, LLPJを通じて担い手の社員に事業化手法の教育を施しつつ,手法を実践することで事業化の可能性を探っていく。そこで洗練させた事業アイデアを最終的に実際に事業化するかどうかの判断にかけるという進め方である。
従来の社内新規事業開発制度ではアイデアの社内公募をして選別をして活動のための予算と時間を与えるところまでは比較的に体系的に実施できていたが,その後の進捗は社員任せ,社員にとっても事業開発は初めてで,結果的に事業化に至らないことが少なくなかった。しかし,LLPJを標準テンプレートにすることで,洗練工程で何をどうすればよいのかが明示され,予算と時間を効率的に活用して事業化を進捗させることが可能となる。また,LLPJを利用することで複数の新規事業案件を量産的に扱うことができる。新規事業開発では量が質を担保する側面がある中、量産的に洗練ができる意義は大きい。
新規事業開発では,思考の柔軟性や機動力の高さが重要であり若手社員はそれに向いている傾向があるが,LLPJを通じて手法を教えることで,新卒間もない若手社員でも新規事業の立ち上げが可能となるのである。
一方企業の新規事業開発でLLPJを活用する場合には以下のような課題もある。
(1)顧客ヒアリングの困難性
LLPJにおけるビジネスモデルの構築活動の主軸は潜在顧客へのヒアリングを通じた価値の検証にあるが,ヒアリング対象としたい相手が既存事業の取引先の場合に, それが制限されることが少なくない。取引先の営業担当者が取引先との関係への悪影響リスクや発売未定の商品を示すことによる相手の困惑のリスクを危惧することがその原因である。このようなボトルネックを解消するには,個人的な伝手を活用したり,社外の別組織に一時的に移籍したりするなどして,既存事業のしがらみを断ち切る工夫が必要となる。
(2)事業化前の販売実験の困難性
LLPJで実践する事業化手法の顧客開発モデルでは顧客不在による失敗リスクを低減するために,事業化を模索している段階でもプロトタイプを試行的に販売して顧客が確実に存在することを担保しようとする。しかし企業の新規事業では,「中途半端な品質の商品を売ると信用に関わる」,「通常の社内品質基準を満たしていないものの販売は認められない」等の理由でそのような検証ができないことが多い。対策としては米国で行われているような試行販売専用の別ブランドで実験するなどの対処が必要となる。
6. 今後の期待やビジョン
(1)投資家や経営層への浸透
新規事業へのGO/NO判断は難しい。再現性が高く,経験もあり慣れた既存事業への追加的な投資判断に慣れた経営者であっても,新規事業への投資判断には迷うものである。既存事業と同じ確実性を求めれば不確実性が高く当初の収益貢献が小さい新規事業にはGO判断はできない。かといって、分からないから考えずにGOばかり出せば後で苦労をすることになる。
LLPJはそのような難しい判断に解を与えてくれる。LLPJで事業化を進める様子を伺うことで、ビジネスモデルの9つの要素の検証度合いや,顧客開発モデルの4つのステップの進捗具合によって新規事業のリスクの大きさを定性的ながら一定の基準で評価することができるからである。リスク許容度は経営者により異なるが,リスクを図るモノサシがあれば自分に合った許容度で判断をすればよい。予めリスク許容度を新規事業の担い手に伝えておけば事業化の推進活動の目標が明確になる。このようなメリットを享受するには,まず経営者自身が試行錯誤の繰り返しを重視するLLPJとその手法への理解が必要である。今後そのような理解が進むことを期待したい。
(2)アラカルトメニュー化
もう一つ目指したい方向は裾野拡大である。LLPJは包括的かつフィールドワークを含めて実践中心で優れた起業家教育プログラムだが,受講負荷が高いのが難点である。起業に興味のない人はまず参加しないし,参加しても最後までやり遂げることは難しい。しかし,LLPJで学ぶ内容は起業家を目指さずとも社会人として役立つものも少なくない。提供相手にとっての価値を確かめる作業は,既存事業に従事する場合はもとより,政策立案や社会課題への解決策の提案においても必要なことである。起業以外での活用ではLLPJで学べる事項のうちの特に関係のあるものだけでも良く,そのようなニーズに答えるためにトピックスごとに分割し短時間かつ低負荷で学べる形態で提供するのも一案である。このようなアラカルトメニュー化を今後追求していくと良いだろう。
(9)参考文献
[1] Steve Blank, The Lean LaunchPad – Teaching Entrepreneurship as a Management Science, (2010)
[2]Alex Osterwalder, Yve Pineur, ビジネスモデル・ジェネレーション, (2012)
[3] Steve Blank, アントレプレナーの教科書(新装版), 4, 30, (2016)
[4] Steve Blank, Jerry Angel, Jim Hornthal , Lean Launchpad Educators Guild, 20, (2017)
[5] Steve Blank, Jerry Angel, Jim Hornthal , Lean Launchpad Educators Guild, 12-13, (2017)
[6] Steve Blank, Jerry Angel, Jim Hornthal , Lean Launchpad Educators Guild, 22-32, 39, (2017)
[7] Steve Blank, Watching My Students Grows, (2014)
[8]Tom Simonite, Why John Deere just spent $305 million on a lettuce farming robot, Wired (2017)
[9]Steve Konsek, NSF I-Corps Q&A Webinar, (2017)
[10] National Science Foundation, I-Corps Data Summary, Fiscal Years 2011-2016*, (2018)
[11] Predictronics, Selected Customers, 同社ホームページ(https://predictronics.com/#customers)
[12]Clayton M. Christensen, Taddy Hall, Karen Dillon, and David S. Ducan, Know your customers’ “Jobs to be Done”, Havard Business Review, (2016)
[13] 黒須誠治、竹永裕一、用途開発方法「できる法」におけるスローガン設定と業種一覧の活用、早稲田国際研究、(2017)
[14]独立行政法人科学技術振興機構戦略研究推進部, さきがけ研究者向けScience For Society (SciFos)平成27年度活動報告書,1, (2015)
[15]独立行政法人科学技術振興機構戦略研究推進部, さきがけ研究者向けScience For Society (SciFos)平成25年度活動報告書, 6, (2013)